日本の将棋棋士・羽生善治氏は、47歳で史上初の「永世七冠1」を達成しました。
羽生氏の著書『大局観――自分と闘って負けない心』では、自身の将棋について次のように書いています。
将棋の対局中では、どのように考え次の決断を下すのか。私は三つのことを駆使して対局にのぞんでいる。一つは「直感」。そして「読み」。もう一つが「大局観」である。これらを組み合わせて次の手を考えている。
羽生善治『大局観——自分と闘って負けない心』P.34
将棋では、一つの局面で平均して約80通りの指し手があると言われています。
その多くの選択肢の中から、どのようにして最適な一手を選択し、決断しているのか? そして「大局観」とは一体何なのか?
将棋だけではなく、私たちの人生にも役に立つ「考え方」について深い洞察を与えてくれる一冊です。
『大局観――自分と闘って負けない心』の情報
- 著者:羽生善治
- 出版社:KADOKAWA
- 発売日:2011/02/10
- 新書:240ページ
Source:KADOKAWA

本書は、羽生善治氏が40歳になるタイミング、また棋士生活25年間の総まとめとして執筆されました。
直感、読み、大局観とは
冒頭でご紹介したとおり、羽生氏は次の3つを駆使して将棋の対局に臨んでいます。
- 直感
- 読み
- 大局観
将棋では、一つの局面で約80通りの指し手があると言われています。
羽生氏は、まず「直感」を使って候補となる手を2つか3つ選び出し、そこから「読み」による具体的なシミュレーションを行います。
「直感」で絞り切れなかった場合は、「大局観」によって大まかな方向性を決めて、どの手を打つかを考えるそうです。
この「大局観」について、羽生氏は次のように説明しています。
一方、「大局観」とは、具体的な手順を考えるのではなく、文字通り、大局に立って考えることだ。パッとその局面を見て、今の状況はどうか、どうするべきかを判断する。
「ここは攻めるべきか」「守るべきか」「長い勝負にした方が得か」などの方針は、「大局観」から生まれる。複雑な状況で決断を下す時は、この「大局観」で無駄な「読み」を省略でき、正確性が高まり思考が速くなる。
羽生善治『大局観——自分と闘って負けない心』P.26
おそらく「大局観」は、瞬間的にアイデアが浮かぶ「直感」とは異なり、「この状況だと、たぶんこうしたほうが良い気がする」というような、じんわりと浮かんでくる感覚を指しているのではないかと思います。
ちなみに以下の記事によると、「大局観」は2種類あるそうです。
ただ、一口に大局観といっても2通りあります。一つは序盤で使う大局観。対局の始まりからその時点までの流れを見て、次の一手としてどれが最も一貫性があるか、自然なものか、つじつまが合っているのかということを考えています。もう一つは終盤で使う大局観ですが、この時は「何となくこういう結末になるんじゃないかな」とイメージを浮かべています。
以上をまとめると、「直感」でざっくりと打ち手を絞り込み、「読み」で精緻に検証する。それでも難しければ「大局観」で全体の流れを捉えて、大まかな方針を立てる、というのが羽生氏の棋風(対局のスタイル)です2。
直感とひらめきの違い
「直感」と「ひらめき(閃き)」の違いは何か? 考えてみると、意外と説明するのが難しいかもしれません。
本書では、羽生氏が脳科学者の池谷裕二氏から教わったという「直感とひらめきの違い」について、次のように書かれています。
きちんと論理立てをして説明できるのが直感で、なんだかわからないがこの方が良いと考えるのが閃きなのだそうだ。
羽生善治『大局観——自分と闘って負けない心』P.133
しかし一方で、以下の記事では「直感とひらめき」について、池谷氏は次のように説明しています。
直感とひらめきってまったく違うんですよ。ふと思いつくというところまでは一緒です。でも、ひらめきは思いついた後に、『これこれ、こうなってる。だからこうなんだ』とその理由がよくわかるものなのです。
池谷裕二さん「直感とひらめきって、まったく違うんですよ」 | BIG ISSUE ONLINE
直感については「直感はまさにそれと同じで、なぜだかわからないけれど答えだけわかるんです」とも説明されており、羽生氏の説明とは逆の意味となります。
ここでは、もともとの情報源である池谷氏の説明を採用して、思いついた後に論理的に説明できるのが「ひらめき」、理由は説明できないけど正解が浮かぶのが「直感」であると考えることにします。
私にも、理屈ではなく「こうした方が良い」と感じる時はあるが、それは直感ではないらしい。同じ瞬間的な出来事においても、その内容については大きな違いがあるようだ。
そういえば将棋では、直感ではなく閃きの方で手を選ぶ時もある。なんとなくその時の気分や雰囲気で選ぶので、論理的な説明ができない、とても感覚的な手だ。
羽生善治『大局観——自分と闘って負けない心』P.133
本書で羽生氏はこのように書いていますが、実はその「論理的な説明ができない、とても感覚的な手」が「直感」で選ばれた手なのだと思います。
『大局観――自分と闘って負けない心』の次に読みたい本
本書で羽生氏は、次のように述べています。
指す手は一つだけの決断だが、水面下には膨大な思考がある。それらを立体的にして厚みを増やすことが、長期的には結果にもつながるのではないかと考えた。
羽生善治『大局観——自分と闘って負けない心』P.29-30
(中略)、一つの局面を時間をかけて掘り下げていくことが、後々の血となり肉となるのだ。
この「水面下の膨大な思考」を担っているのが「脳」であり、「直感・読み・大局観」、そして「ひらめき」のすべてを生み出している場所です。
脳科学に興味のある方は、ぜひ池谷裕二氏の著書『単純な脳、複雑な「私」』を読んでみてください。
天才だけでなく、私たちの頭の中でも、膨大な思考が紡がれているのがわかります。
- 「永世七冠」とは、将棋界の最高峰タイトルである「名人」「竜王」「王位」「棋王」「王座」「叡王」「王将」の7つのタイトルをすべて獲得し、さらにそのタイトルを複数回獲得することで得られる称号のこと。 ↩︎
- 「読み」と「大局観」で勝負する 羽生善治さん | 慶應丸の内シティキャンパス(慶應MCC) ↩︎