成人発達理論と孔子「吾れ十有五にして」

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人はどのように成長し、発達していくのか?

このような人間の成長過程を科学的に研究するのが、発達心理学の一分野である成人発達理論です。この理論では、人間の精神的な成長を「発達段階モデル」という形で示しています。

私が発達段階モデルを知ったとき、頭に思い浮かんだのが、孔子の有名な言葉「吾れ十有五にして」でした。この言葉は、孔子自身の成長過程を段階的に表現したものです。

孔子は古代中国を代表する思想家で、儒教の始祖として知られています。孔子の言葉や教えは、弟子たちによって『論語』にまとめられました。これを読むと、孔子が非常に高い精神的発達段階に達していた人物だったことが分かります。

現代の成人発達理論と、2000年以上前の孔子の言葉には、人間の成長過程についての共通点が多く見られます。この二つを比較して考えることで、人生における成長の道筋をより明確に理解することができるでしょう。

そこで今回は、成人発達理論の各段階と、孔子が語った人生の節目がどのように対応しているのかを考えてみました。

目次

成人発達理論の発達段階モデル

加藤洋平氏の著書『なぜ部下とうまくいかないのか 「自他変革」の発達心理学』では、ロバート・キーガンの発達段階モデルとして次の5段階が紹介されています。

  • 発達段階1:具体的思考段階
  • 発達段階2:道具主義的段階
  • 発達段階3:他者依存段階
  • 発達段階4:自己主導段階
  • 発達段階5:自己変容・相互発達段階

これらについては以下の記事で触れていますので、気になる方はご参照ください。

「子曰く、吾れ十有五にして」

『論語』には、孔子の人生における成長段階を表した有名な言葉が残されています。

「吾れ十有五にして」という書き出しで知られるこの言葉の全文は、次の通りです。

子の曰わく、吾れ十ゆう五にして学にこころざす。三十にして立つ。四十にしてまどわず。五十にして天命てんめいを知る。六十にして耳従みみしたがう、七十にして心の欲する所に従って、のりえず。

金谷治 訳注『論語』(岩波文庫 青202-1) P.35

これを現代語訳すると、以下のようになります。

先生がいわれた、「わたしは十五歳で学問に志し、三十になって独立した立場を持ち、四十になってあれこれと迷わず、五十になって天命をわきまえ、六十になって人のことばがすなおに聞かれ、七十になると思うままにふるまってそれで道をはずさないようになった。」

金谷治 訳注『論語』(岩波文庫 青202-1) P.35-36

この孔子の生涯を表した文章から、それぞれの年齢を次のように表現するようになりました。

  • 志学(しがく):15歳
  • 而立(じりつ):30歳
  • 不惑(ふわく):40歳
  • 知命(ちめい):50歳
  • 耳順(じじゅん):60歳
  • 従心(じゅうしん):70歳

このように、孔子の言葉「吾れ十有五にして」には、人生の各年齢における人間的な成長と心の在り方が示されています。

成人発達理論と孔子の成長過程の対応

では、成人発達理論の発達段階モデルと、孔子の生涯における「志学」から「従心」までの各段階は、どのように関連しているのでしょうか?

以下に、私が考える各段階の対応を示します。

成人発達理論の発達段階と孔子の成長過程の対応

それぞれの段階について詳しく見ていきましょう。

「志学」は道具主義的段階

「志学(15歳)」は、道具主義的段階(自己中心的思考が強い段階)に対応すると考えられます。

孔子が学問で身を立てようと決心したのが15歳(当時は数え齢なので、現在の14歳)でした。

年齢的にも、若者が自分の欲求を満たしたり、興味のあることに夢中になったりする時期です。そのため、この段階は発達段階2にあたる「道具主義的段階」といえます。

「而立」は他者依存段階

「而立(30歳)」は、他者依存段階(組織や集団の決まりに従う段階)に対応すると考えられます。

孔子は30歳で「独り立ちした」と語っていますが、これは社会の一員として自立したことを意味します。この時期に、社会の構成員の一人としての自分の役割を理解し、他者との関係性を重視するようになります。

そのため、この段階は発達段階3にあたる「他者依存段階」といえます。

ポカリスエット イオンウォーターPR 事務局の調査によると、現代の日本人が「大人になった」と感じる平均年齢は29.49歳だそうです1。この結果を考えると、「而立」が30歳だとするのは、意外にも的を射ているのかもしれません。

「不惑」は自己主導段階

「不惑(40歳)」は、自己主導段階(自分の価値観や意思決定の基準が定まり、自律的に行動できる段階)に相当する時期です。

孔子は40歳で「迷いがなくなった」と語っています。この時期になると、自分の価値観や信念が明確になり、他者の意見に惑わされることが少なくなります。

自己の判断力と行動力が一層強化され、社会や組織における自分の立ち位置をはっきりと理解することができる発達段階4の「自己主導段階」といえるでしょう。

「知命」は自己主導から自己変容の移行段階

「知命(50歳)」は、自己主導段階」から次の「自己変容・相互発達段階」への移行期と考えられます。

この時期の孔子は「天命を知る」と述べていますが、これは自分が社会や歴史の中で果たすべき役割や使命を理解することを意味します。

この段階では、自分の可能性や限界を自覚しつつも、より広い視点で人生を考えることができるようになります。そのため、発達段階4から5への移行期と捉えることができます。

「耳順」は自己変容・相互発達段階

「耳順(60歳)」は、自己変容・相互発達段階(多様な価値観や他者の意見を受け入れ、自他共に成長する段階)に相当するといえます。

孔子が「どんな言葉も素直に聞けるようになった」と語っているのは、自分の信念や経験を基盤としながらも、他人の立場や異なる考えにも柔軟に対応できる精神的な成熟を示しています。

また、他者との関わりを通じて、人々が共に成長・発達することを促す役割も果たします。よって、これは発達段階5にあたる「自己変容・相互発達段階」といえるでしょう。

「従心」は発達段階5以上

「従心(70歳)」は、成人発達理論における発達段階5以上、つまり自己変容・相互発達段階」以降に相当すると考えられますが、発達段階5を超えているかどうかは明確ではありません。

書籍『「人の器」を測るとはどういうことか』によると、発達段階5を超えた段階では、一種の「スピリチュアリティ」が見られると書かれています。しかし、孔子はそのようなスピリチュアリティを直接追求していたわけではありません。

そのため、孔子の「従心」は発達段階5の完成形として捉えるのが適切かもしれません。つまり、人として到達できる最高の知恵と徳を有している段階であると考えられます。

まとめ:発達段階の測り方

今回は、成人発達理論における発達段階と孔子の人生の成長過程との対応について考察しました。

孔子の「吾れ十有五にして」という言葉と、ロバート・キーガンの発達段階モデルを照らし合わせながら、孔子がそれぞれの年齢でどのような発達段階にあったのか推測してみました。

しかし、他者の発達段階を推測することは簡単ではなく、特に自分よりも高い発達段階にいる人については、ほぼ不可能だといえます。

もし発達段階の測定手法について興味のある方は、以下の「人の器」を測るとはどういうことかを参考にしていただければと思います。

孔子の各年齢における発達段階の推測について、皆様のご意見をお待ちしております!

  1. ポカリスエット イオンウォーター「大人調査」結果発表(2018) ↩︎
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