先日、広島を訪れる機会があり、以前から気になっていた広島平和記念資料館に足を運びました。
広島平和記念資料館は、2017年4月26日に東館が、2019年4月25日に本館がリニューアルオープンし、展示が一新されました。
常設展示は「導入展示」、「被爆の実相」、「核兵器の危険性」、「広島の歩み」の4つのテーマに分かれており、多くの現物を用いて構成されていました。
「ヒロシマ」というテーマに心が揺れるのは当然ながら、この惨劇をどう伝えるかという「伝え方のデザイン」にも、私は心を動かされました。
今回は、広島平和記念資料館の空間デザインを通して、私自身が感じたことを綴っていきたいと思います。
「語らずして物語る」導入展示(東館3階)
東館1階のエントランスホールからエスカレーターで3階に上がり、その先から展示は始まります。
最初に広がっていたのは、壁一面を使った原爆投下前の広島の街並みの写真でした。平和で賑やかで、人々の活き活きとした暮らしの息づかいが伝わってきます。
しかし、その場から一歩足を進めると、光景は一変します。原爆投下後の広島のパノラマ写真が広がり、建物はほとんど残らず、荒れ果てた街の姿が目の前に突きつけられます。

ここで驚かされたのは、ここまで説明文がほとんどないという点です。当時の人口や情勢などの情報は一切なく、ただ壁一面のパノラマ写真だけが、静かに事実を物語っているのです。私が心を強く動かされたのは、この「語らずして物語る」という姿勢でした。
この「有」から「無」へと一瞬で変わってしまった変化を、言葉ではなく視覚で強く訴えかけ、来館者はそれを心で感じ取ります。言葉による説明がないため、そこに言語の壁は存在せず、心に迫る虚無感だけが静かに募っていくのです。
この空間演出が深く心に刺さり、私は思わず最初の展示場所に戻り、改めてその物語に静かに身を委ねました。
ヒロシマの記録と記憶(本館)
導入展示から歩みを進めて本館へ入ります。本館には、戦時中の写真や、当時の人たちが身につけていた衣服、生活用品などが展示されていました。
それらを目にするうちに、これまで漠然としたイメージでしかなかった「ヒロシマ」の出来事が、リアルな質感を伴い、現実に起こったこととして認識されていきます。


個人的に印象的だったのは、戦争による犠牲者を統計上の「数字」として扱うのではなく、一人ひとりの「人物」として捉えている点です。
ここでは、単なる「記録」として風化させるのではなく、現実の「記憶」として焦点を当て、遺品を通して彼らの人生の物語を伝えていきます。その記憶を、今を生きる人たちの心に刻みつけようという強い意志を感じる展示でした。

現物展示の力によって、ヒロシマの歴史が単なる過去の出来事ではなく、「実感」として心に深く刻まれていくのです。
共感と理解の二重構造(東館3階)
ずっしりとした重みのある展示が続く本館を抜けて、再び東館へ移動すると、展示の雰囲気が一変しました。
東館では、原爆開発の歴史、核兵器の仕組みや構造などが、溢れんばかりの情報量で展示されていました。


これを見て、私は「なるほど」と深く納得がいきました。というのも、本館は心に訴えかける「共感を呼び起こす展示」であったのに対し、東館は知識として「理解するための展示」という明確な役割を持っていることに気づいたのです。
この「共感と理解の二重構造」により、それぞれのエリアが明確なコンセプトを持って分離されていながらも、空間全体としては統合されているのが印象的でした。
ヒロシマの記憶を辿る動線
東館2階で広島の戦時中から復興までの歩みを解説した展示を眺め、ミュージアムショップで展示ガイドブック1を購入して、資料館を後にしました。
それからも広島平和記念資料館のデザインが心に残り、詳しく調べてみたところ、丹青社の田中利岳氏が展示のデザインディレクションを担当されたことが分かりました23。
丹青社の記事によると、今回の改修の大きな目的は、以下の2点だったそうです。
- 来館者の動線の見直し
- 「本館(被爆資料展示)」と「東館(情報展示)」の目的を明確に分ける
そして、田中氏が最も大切にしたのは、建物それぞれの特性を理解した上で、来館者が当時の記憶のストーリーを辿れる構成にすることでした。
施設の構成は、一発の原子爆弾でものごとが一瞬にしてなくなる被爆前後の空間体験ができる導入展示を経て、本館にて原子爆弾が投下された後、「そこでいったい何が起こっていたのか」を被爆資料を中心に展開されている。(中略)その後、より深く核兵器の危険性、広島の歩みを知ってもらうための情報の展示である東館へと誘う構成である。
丹青社「方向性をデザインする施設づくり」
今回、私が資料館で体験した「導入展示→本館→東館」という流れは、まさに設計者による意図的な動線でした。これは、原爆の投下から、被爆者の体験の追体験、核兵器の危険性の理解、そして復興の道のりを辿るという構成になっていました。
そして、その設計の根底には、ヒロシマの出来事を過去のものとせず、未来の平和を担う当事者としての正しい生き方を伝えるという、強い意志があったように感じました。
一人ひとりの苦しみを胸に刻み、次の世代に繋いでいく心を自分ごととして考えてもらうこと、そして、ヒロシマから世界中の人々と共に原子爆弾の恐ろしさを問い、世界平和と文化継承の想いへと繋げていくことを大切に掲げた。
丹青社「方向性をデザインする施設づくり」
記事にあった「海外の来館者が言葉の壁を越えて涙する姿を見て、被爆の本質が伝わったと感じた」というエピソードは、私が導入展示で感じた「語らずして物語る静けさ」を表しているように思えました。
広島平和記念資料館は、記録を「展示」するではなく、ヒロシマの記憶を深く「体験」させてくれる場所でした。
まとめ
リニューアル後の平和記念資料館の展示は、私にとって非常に印象深いものとして記憶されました。
その一方で、かつての展示にあった「被爆再現人形」が撤去されたことなどに対し、今の展示への批判的な意見も一部に見られます。
私見としては、これらについてはどちらが正解というものではないと思います。
ただ個人的な体験としては、現物が持つリアルな質感と、言語の壁を超えて戦争の悲劇を物語る空間デザインによって、ただ頭の中にあるだけの「ヒロシマの知識」が、より鮮明に実感できるものになったと感じています。
大切なのは、単に知識を増やすだけではなく、すでに知っていることを「感じ直す」ことです。その体験こそが深い理解に繋がり、私にとっても心に刻まれる学びとなりました。

- ミュージアムショップには、広島平和記念資料館の公式図録(1,500円)とあわせて、展示ガイドブック(500円)が販売されていました。展示ガイドブックは購入しやすい価格でありながら、内容もとても良い出来になっているので、ぜひ訪れた際には手に取ってみてください。 (広島平和記念資料館 | 資料館について | 刊行物のご紹介) ↩︎
- 本館のデザインディレクションについて(広島平和記念資料館本館 | 実績紹介 | 株式会社丹青社) ↩︎
- 東館のデザインディレクションについて(広島平和記念資料館東館 | 実績紹介 | 株式会社丹青社) ↩︎

